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大阪高等裁判所 昭和46年(ラ)168号 決定

抗告人 李三順

相手方 豊島株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨と理由は、別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(1)  任意競売に民訴法の配当手続を準用することについて。

当裁判所もまた、任意競売において、民訴法の配当手続に関する規定を準用し、配当表を作成して、これに基づいて配当期日に配当を実施することができるものと解する。

任意競売と強制競売とは、前者が物的責任の実現の手続であり、後者が人的請求権実現の手続であるという点に本質的な違いがあるとはいえ、国の機関が目的物件を換価して債権の満足をはかるその手続過程は、彼此共通する点が大部分であり、そうだからこそ、競売法は、多くの民訴法の規定を準用しており、判例もまた古くから、競売法中に反対の規定がなく、かつその性質の許す限り、民訴法の規定を準用すべきものとしてきたのである(大審院大正二年六月一三日決定)。

ところで、競売法三三条二項は、任意競売における債権満足の終局手続につき、単に競売代価を受取るべき者に交付することを要すと規定しているにすぎないが、このことは、民訴法の配当手続の規定の準用を全面的に排除した趣旨とは解されない。すなわち、競売法は、担保権実行のための競売のほか、いわゆる形式的競売をも、区別せずに一括してその手続を規定したものであるが、後者については、配当ということはあり得ないことと、担保権実行のための競売においても、通常は、登記簿の記載等に基づき実体法上の優先順位に従つて個別に相応額を交付すれば足りることから、右のような簡単な規定にとどめたものと解される。

そこで、民訴法の配当手続に関する規定を個別に検討し、任意競売の性質に反せず、かつ準用を認めるのが合理的である規定は、これを任意競売にも準用すべきである。

任意競売による満足手続は、一般債権者に平等配分を行なうのではなく、実体法上受領権を有する者に、その優先順位に従つて順次売得金を交付していくのを本則とするものであるから、民訴法の配当手続に関する規定中、配当表に記載された異議なき債権に確定力を附与する部分は、任意競売の性質になじまず、これは準用されないものと解すべきである。しかしながら、執行力ある正本を有する債権者は、任意競売手続においても配当要求をすることができると解すべきであり、後に述べるように、仮差押債権者も配当に預ることができると解するのが相当であるから、先順位担保権者の担保権または被担保債権の存否につき、当該先順位担保権者と、後順位担保権者または右の配当要求債権者もしくは仮差押債権者との間で争いがある場合には、民訴法の配当手続に関する規定中前述の部分を除くその余の規定を準用して、配当表を作成し、配当期日を開いて、配当につき利害関係ある債権者に異議を述べる機会を与え、異議ある債権については、その配当すべき額を供託したうえ、債権確定手続を経させるのが妥当である。けだし、このように解しても任意競売の性質に反しないばかりでなく、異議を受けた先順位担保権者に債権額相当を交付してしまつた場合、理論上は、異議ある債権者は、不当利得返還訴訟によりこれを取り戻すことができるとはいえ、現実には、たとえ右訴訟で勝訴判決を得ても、その請求権の完全な満足を得るには多大の困難を伴なうことが多いから、このような場合には、むしろ被担保債権を簡易迅速に満足させることを多少犠牲にしても、異議を受けた債権の配当額は一時供託しておいて、この段階で債権や担保権の存否をめぐる争いに裁判所の公権的判断を得させたうえで、真に正当な権利者にこれを分配する方が、より公平妥当な解決策というべきである。

以上の理由から、競売裁判所としては、右のような債権者間の争いが予想される場合には(実務上は、このような争いのあるときは、代金交付前に、事実上当該当事者から何らかの申出がなされるのが通常である。)、民訴法の配当手続に関する規定を準用して、前記のような配当手続をすることができるものと解すべきである。

(2)  任意競売における仮差押債権者の地位について。

不動産に対する仮差押の執行をした債権者は、後日その不動産に対する任意競売手続が開始された場合には、仮差押えが執行保全を目的とするものであることの帰結として、当然に配当にあずかる債権者となるものと解すべきである(民訴法六九七条、六三〇条三項の準用。最高裁昭和三八年三月二八日第一小法廷判決)。

(3)  仮差押債権者の異議権について。

前述の理により、配当手続が準用実施された場合には、仮差押債権者は、自己に優先する担保権者その他自己の利害に関係ある他の配当表記載の債権者の債権について、異議を申立てる権利があると解するのが相当である。

仮差押債権者が競売法二七条四項に列挙する利害関係人に該当するか否かの問題は、右の結論と関係がない。けだし、右の理は、配当手続のみに関するものであり、その根拠は民訴法の準用にあることは、先に述べたとおりであるが、民訴法においても、執行力ある正本によらない配当要求債権者は、強制競売手続全体の利害関係人には入れていないのに(民訴法六四八条)、配当手続においては異議権を有すること(このことは、判例学説上異論を見ないし、文理からいつても、民訴法六九三条二項が、配当期日には、「利害関係人、執行力ある正本によらずして配当を要求する債権者」を呼び出すべきことを定め、そのあとの条文である六九八条二項において、単に、出頭した「各債権者」とのみ規定していることからしても、同条にいう「各債権者」には、利害関係人でない「執行力ある正本によらずして配当を要求する債権者」をも含ましめる趣旨であることは明らかであつて、抗告人主張のような解釈は採り得ないところである。)と同様だからである。

(4)  よつて、以上の説示と同趣旨の判断をした原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡野幸之助 入江教夫 高橋欣一)

(別紙)

第一、抗告の趣旨

一、原決定は取消す。

二、神戸地方裁判所尼崎支部昭和四五年(ケ)第二〇号不動産競売事件の配当表に対する相手方豊島株式会社の異議申立はこれを却下する。

三、抗告人の債権に対する配当を実施する。

との裁判を求める。

第二、抗告の理由

一、原決定は、まず「任意競売事件についても民訴法上の配当手続が準用されるものと解するのが相当であり、また当庁(原裁判所)においては実務上そのように運用しているから」抗告人が競売代金交付手続について民訴法の配当手続の準用はないとする主張は失当であるという。

しかしながら、原決定では何故に任意競売における配当(競落代金交付)手続に民訴法上の配当手続が準用されるのを相当とするかについて理由が附せられていない。この準用の有無については判例・学説・実務上の扱いすべてにおいてつとに争いがあるところであるから、抗告人のこの点に関する申立については、排斥するとしても理由を明記しなければならないと思料する。従つて、原決定にはまずこの点での理由不備の違法がある上、右判断は法解釈並びにその適用を誤つている。

二、かりに、右抗告理由が認められないとしても、原決定が「相手方(豊島株式会社)のような仮差押債権者は当然に配当にあずかる債権者となるのであるから、申立人(抗告人)のいう競売手続上の利害関係人に該当しないとしても、配当手続においては自己の利害に関係ある限り、配当表記載の他の債権につき異議を申立てる権利があるものと解する」を相当としているのは、納得できない。

原決定の右判断は明らかに法解釈を誤つているほか、仮差押債権者は配当異議申立をなしうる債権者ではないとする判例(大審決昭三・六・三〇、台湾高院判昭五・二・二八、東京高決昭三一・一〇・一〇)にも牴触違反している。その上、原決定では仮差押債権者が競売手続上の利害関係人に該当しないというのか否かが明確ではない。仮にこれに該当しないことを前提にしているのであれば、抗告人が昭和四六年三月二三日付準備書面の「第一」の「三」((一)乃至(四))に記述したところ特に(四)で主張した点については当事者において納得のゆくよう判断されるべきところ、この点の理由説明がない。

結局、原決定は違法且つ誤解に基づく判断で、すべからく取消是正されるべきであり、抗告趣旨どおりの決定を求める次第である。

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